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ちょっとした話

SFTSとマダニ

投稿日:

自分自身の勉強がてら、季節的にもマダニが問題になってくる時期なので、タイムリーな話題としてSFTSについて少し調べてみました。

SFTSって?


SFTSはマダニが媒介するウイルス感染症で、重症熱性血小板症候群Severe Fever with Thrombocytopenia Syndromeといいます。マダニが寄生する哺乳類全般が感染すると言われており、犬や猫も感染します。

マダニから直接ではなくSFTSに感染した動物に咬まれても感染するので、ウイルスを保有している犬や猫に咬まれたり引っ掻かれた人にも感染し、血液などに接触して人から人へ感染した例もあるようです。

国内で最初に確認されたのが2013年、以降宮崎県や山口県など西日本が中心で、これまで東日本での報告はありませんでした。

ところが2021年3月には静岡県で、7月3日には千葉県でもSFTSウイルス感染者が確認され、とうとう東日本にも拡大してきたことがわかりました。

マダニ類はもともと日本全国にいますが、これまで関東以北のマダニはSFTSウイルスを保有していないとされていました。野生動物の移動などによりマダニがウイルスに汚染されていけば、今後は東日本から北日本へも拡大してく可能性があります。


症状と致死率は?

SFTSの感染後の潜伏期間は6~14日と言われています。症状は発熱、元気消失、嘔吐、下痢、血便など胃腸炎のような症状が多いようで、重症化すると多臓器不全に陥り亡くなることもあり、特に高齢者は注意が必要です。人では意識障害や言語障害などの神経症状がでたり頭痛や筋肉痛などもあるようです。残念ながら動物の場合、言語障害や頭痛、筋肉痛などの症状、は例えあったとしても確認することができません。

2019年に行われた日本医師会-日本獣医師会連携シンポジウムでは、マダニが感染するほぼすべての哺乳動物が感染性宿主となり得ること、そしてこれまでは人以外の多くの動物(例:野生のシカなど)が不顕性感染(感染しても発症しない)と思われていたものの、2017年に犬、猫、チーターで発症が確認され、特に猫とチーターには致死的なウイルスであると報告しています。

人での発症率は100%、つまりSFTSウイルスに感染したら必ず何らかの症状が出るということ、そして人の致死率は6~30%と言われています。




犬では不顕性感染も多いようで発症しても症状は軽いようですが致死率は30%、猫は発症率はわからないものの発症すると人よりも症状が重く致死率も60%と高いようです。

静岡県で2021年3月に報告された例では、犬2匹、猫5匹の感染が確認され、うち猫4匹、犬2匹が治療がほどこされたにもかかわらず残念ながら亡くなっています。ウイルス性疾患ですから基本的に治療法はなく、ここでいう治療とは対症療法のことです。

近年、キャンプや登山など自然に恵まれた環境で楽しむ方が増え、そういったところでは無防備になりがちですが、山や草木が生い茂っているようなところや畑周辺、都内でも公園の芝生や茂みなどでマダニは生息しているので注意が必要です。


診断や治療のために考えること


元気消失や嘔吐、下痢などの消化器症状は他の疾患でもみられることなので、治療を考えるときにはSFTSかどうかというよりまずは感染症なのかそうではないのかを鑑別しなくてはなりません。

発熱など感染や炎症を疑う兆候があった場合、感染の場合は原因となる病原体に対する治療を行います。例えば細菌感染なら抗生物質、真菌感染なら抗真菌薬、寄生虫感染なら抗寄生虫薬(治療薬がないものもあります)を使用します。残念ながらウイルス感染に治療法はありませんが、対症療法や支持療法により回復を期待します。

でも感染ではなく癌や別の疾患に起因する炎症であれば抗炎症剤の治療を試みることになります。抗炎症剤は「炎症を抑える≒免疫系を抑える」薬なので、病原体と闘う体の機構を抑えることになり、抗生物質など微生物と戦う薬とは真逆の治療です。

治療法のないウイルス性疾患に抗炎症剤を乱用すると危険なことがあります。先に激しい炎症を抑えて、あとから(あるいは同時に)抗生物質で追いかければなんとかなるかもしれない細菌感染症とは異なり、強い抗炎症作用のある免疫抑制剤などを使用すると、ウイルスが増殖してしまい取り返しのつかないことになるかもしれません。

だから発熱や炎症が感染症なのかどうなのか、そして感染症だとすると病原体は何なのか。これらを見極めるのは凄く大切ですが凄く難しいです。もし私がこのSFTSに遭遇しても正しく診断できるかどうか自信はありません。

SFTS以外にマダニが媒介する感染症のひとつに犬のバベシア症という寄生虫症があります。バベシア症は激しい溶血性貧血を起こす感染症です。安全で確実な治療法はないものの、抗寄生虫薬や抗生物質を駆使します。ところが溶血性貧血は免疫介在性溶血性貧血という病気でもみられ、これは自己免疫性疾患なので免疫抑制剤を必要とします。寄生虫がいるのに気が付かず間違って免疫抑制剤を使用してしまったら、貧血がますますひどくなり致死的な状況になる可能性もあります。

バベシア症もこれまでは西日本が中心であったため、マダニ予防薬を使用せずに西日本へ旅行に行っていたとか、西のほうにキャンプなどに出かけていた、ペット同伴のホテルに泊まったなどの経歴から疑いを持ち、自己免疫性疾患の除外や、血液塗抹で赤血球の中にバベシア原虫を確認できれば診断することができました。

でもバベシア原虫を検出できないケースもありますし、バベシアも東日本に広がりつつあるので、これからは西日本へ行っていなくてもあり得るということになります。

SFTSで見られる嘔吐や下痢などの臨床症状は目で見て確認できる症状ですが、前述したようにその疾患だけに特徴的な症状でない限り診断にはほとんど役に立ちません。貧血があっても貧血を起こす病気は他にもありますし、下痢や嘔吐を起こす非感染性疾患もたくさんあります。診察したその日にSFTSやその他の感染症、内臓疾患などを区別するのは困難です。


「虫刺され」は目撃していない限り肯定も否定もできません

犬や猫がよくイタズラで食べてしまったりするゴキブリなどの昆虫やミミズ、カエル、外で刺されたり咬まれることのある蚊やノミ、マダニなどは、ウイルスや細菌、寄生虫、リケッチアなど意外と多くの病原性微生物を媒介します。

そしてこういった生物が媒介する感染症の発症には時間がかかります。

もしマダニに咬まれたりカエルを食べたりしていてもかなり前のことかもしれず、飼い主さんが病院に犬を連れてきたときには忘れ去られている(もしくは関係あると思っていない)ため、飼い主さんからの聞き取りができないこともあります。

そもそも明らかに虫に刺された現場を目撃しない限り、例えば皮膚が膨れていたりプツっと赤くなっていても「虫刺されです」ということはできません。

目の前でカエルを食べたり昆虫を食べたりした姿を見なければ、そのことを知る由もないため、今でている症状の原因としてカエルや昆虫が媒介する寄生虫症を疑うことすらできないことも多いです。


診断についての現状

さて、臨床症状だけでは診断に役に立たないことも多いので、通常は血液検査やレントゲンなど追加の検査をします。SFTの場合、レントゲンでは特徴的なものはないようですが、血液検査上では肝酵素などの検査項目に異常がみられ、中でも血小板や白血球の減少がみられるため名前の由来になっています。白血球が減少すると皮下出血や下血などの出血傾向がみられます。

ただやはりこれらもSFTSに限った特徴ではありません。

飼い主さんからノミ・マダニ予防をしていなかった、キャンプにいった、マダニが付いていたなどの聞き取りで、なんとかSFTSウイルス感染を疑ったとします(実際にはそれ単独をピンポイントで疑うことは少なく、いくつかの可能性を同時に確認、排除していきます)。

ウイルスはバベシア原虫のように光学顕微鏡下で見えるレベルの大きさでもないため、SFTSを診断しようとするとウイルス学的な検査が必要になります。

しかしながら現在のところ犬猫専用に検査をしている検査機関はなく、国立感染症研究所へ相談するか(株)食環境衛生研究所のような犬猫用にもSFTSウイルスのPCR検査を行っている民間企業に委託するしかないようです。

各サイトにも記載されているようにPCR検査はウイルス遺伝子を検出するものです。血液中にSFTSウイルスがいるかどうかの検査なのでそれが感染性か非感染性かの区別はできません(新型コロナも同じです)。ウイルス遺伝子が残存していただけでも検査陽性となりますし、そもそも陽性と判断する基準のもとになる増幅回数の設定も重要です。

PCR検査を行う前に絶対条件としてまず症状があり、症状から疑われる感染症に罹患しうる経歴や環境などの背景があったり、特徴となる血液検査上の異常や画像検査上の異常があることが必要で、無症状の状態でPCR検査をすることもあり得ませんし、PCR単独で感染の有無を判断することはできません。

これは私たち医学・獣医学系の人間がPCR法の基礎原理を学ぶ時に理解することで、PCRをウイルス検出検査として利用する場合には大原則となります。

そしてPCRが陽性すなわちウイルスが存在することがわかっても、現在進行形なのかどうかを知るには免疫学的検査(抗体検査など)や、本来ならばウイルス分離をもって感染性を確認しなければ判断できません。しかしながらウイルス分離は、それぞれのウイルスの病原性に適したバイオセーフティレベル(BSL)の実験室内で行わなければならないため、簡単にできる作業ではありません。

さらに費用や時間の面で臨床現場では難しいこともありますが、似たような症状を起こす他の病原体がいないか、もしいた場合に症状の主体となっているのはどちらかということを調べることも重要です。

SFTSは人を含む感染動物の血液や体液などを介した感染も確認されているため、検査をする側は必ず手袋やゴーグルなどの防護が必要になります。


ペットと正しく暮らすために


SFTSのように犬猫などの動物も人も感染する感染症を人獣共通感染症(ズーノーシス)と言いますが、有名なズーノーシスの中に発症したら致死率100%の狂犬病があります。

東京都動物愛護相談センターの人と動物との共通感染症一覧には犬猫と人とのズーノーシスが紹介されています。

ここ最近は人の命を脅かすようなズーノーシスは減ってきているため、犬や猫とのふれあう際に感染症に対する意識が薄れてきているように思いますが、 SFTSは野良猫を世話していた60代の女性が猫に咬まれてSFTSに感染して亡くなった例があるほど、本来は注意すべきズーノーシスです。

致死率が低いとされているズーノーシスでも重症化するものもあり、例えば本人が亡くなることはなくても妊婦さんが感染してしまったら流産や死産の危険性がある感染症もあります。

近年ドッグカフェや猫カフェなどが当たり前のように存在していますが、オーナーの方々が日々ものすごい努力をして、公衆衛生学的な問題が発生しないようにしてくれているからこそ、お客さんが安心して利用できるのだと思います。

ペットは大切な家族です。でもやはり人間とは異なるので正しい棲み分けを理解しないと、何かあった時にお互いつらい思いをすることになってしまうかもしれません。

せっかく楽しいキャンプに連れて行ったのに、予防を怠っていたばかりに大切な愛犬が致死率の高い感染症にかかってしまったら悔やんでも悔やみきれません。予防薬は100%ではないですが、感染のリスクを限りなく抑えられるので事前に可能な予防はできる限りしていってあげましょう。


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